n-10 使うことの大切さ

e-10どんなものでも、使い方がよく分からないまま、受け身に使わされるより、機能や構造が分って、積極的に使えていると、使うことが気持ち良くなってきませんか。

例えば携帯電話です。私ももちろん使っていますが、まだ使うことの気持ち良さを持てないでいます。何故かな、と考えるのですが、たぶん使いきれてない、使いこなしていない、と感じることからくるのではと思います。いろいろな機能があるのはいいのですが、自分に必要のないものまで持たされてしまう重たさというか、使いきれていないという違和感、それに、構造や機能が理解できない、というフラストレーション等々。そうすると、なかなか愛着も湧かなくて、使っていて気持ち良くないんです。
自分に分かる範囲の必要なものだけでいいから、それ以外は外してくれ、と思うのは私だけでしょうか。

家もこれといっしょではないかと思います。
昔の民家や、ヨーロッパの築100年以上とかの簡素な家を見ると、何故かホッとします。それは、不必要なものがなくて、使っている材料が身近な知っているもの、そして構造が目に見えることから感じる、分かり易さにあるのではないかと思います。
ネジ回しを持っていない人でも、土と木と石でつくられている家は、なんとなくでも分かる気がします。そして、分かればどんどん使おうとしますし、使い込んでいくことで自然に愛着が湧いてきて、大事に使おうという気持ちになっていきます。

だからといって昔の家に戻ろうという話ではありませんが、自分たちに必要なもので、それが理解できるものであれば、きっと家が気持ちよい場所になっていくと思うのです。
それに、この家のことは誰よりも分かってる、という人たちに住んでもらったら、家もきっと幸せでしょうし。

(写真はイギリスのコッツウォルズの住宅、良い家だなぁと思い、一つのお手本として)